God Father
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このゴールデンウィーク。

何だか雨ばかりと言う印象だけ強く残っている。ほとんど外に出ていないような。
そんな中、ついついゴッドファーザー(映画)を1作目〜3作目まで全て通して見てしまった。
たまに、ワンシーンだけとか、部分的にちょっと観たりはするお気に入りの映画だが、通しでしかも1作目〜3作目まで見たのは、かなり久々だと思われる。と言うか初めてかも知れない。
ゴッドファーザーと言えば、1作目と2作目の連作共にアカデミー賞を受賞した唯一のシリーズ映画であり、マフィア映画ではあるが、マフィアを描いた映画の中でも全く次元・レベルの違う、格別な作品である。その格別・特別たらしめてる要素の一つは、その出演キャストの演技力と存在感だろう。

1作目で、マフィアのボス、ドン・ヴィト・コルリオーネを演じたマーロン・ブランドの存在感は圧巻だ。ブランドはこの役を勝ち取る為、自ら綿を口に突っ込んで渋めの演技を行ったイメージフィルムを監督のコッポラに送ったと言う逸話もあるが、完璧なまでのハマリ役。マフィアのボスといえば、このマーロン・ブランド演じるドン・コルリオーネの姿を思い浮かべる人も多いと思う。

しかし、個人的には、1作目も含め、ゴッドファーザーシリーズの中でも最も大きな存在感とオーラを放っていると感じるのは、ヴィト・コルリオーネの後継者、マイケル・コルリオーネを演じるアル・パチーノだ。
誤解を恐れずに言えば、ゴッドファーザーの3連作は、マイケル・コルリオーネが物語の中心であって、主人公である。
父のヴィト・コルリオーネの時代には、3人の男兄弟の中で唯一堅気の生活を目指しており父のビジネス自体を嫌っていたマイケルが、父の襲撃事件を契機に変遷して行き、ファミリーの中に組み込まれ、果てには父ヴィトの後継者としてドン・コルリオーネの跡を継ぐ。この変遷の過程が1作目の大きなテーマの1つだったと思うが、その変遷の様をアル・パチーノが凄まじいオーラと「眼力」で演じており、
見る者を惹き込んでいる。

時折、私がこの映画のワンシーンだけでも見たくなるのは、この「眼力」のアル・パチーノを見たいからである。ある集中力や気持ちを強く持たなければならない状況になると、見たくなり、そして魅了される。腹が据わると言うか。
2作目でよく描かれているが、アル・パチーノが醸しだすこのオーラーと眼力は、ヴィトの跡を継いだマイケルの、内面では色々苦悩を抱えているが外面では父のように強く振舞わなければならない・また強く振舞っているエネルギーをよく表現していると思う。そのエネルギーの強さを、気を引き締めたい時に見ると魅力的に感じる。

ゴッドファーザーの3作目は、2作目が1作目の2年後の公開だったのに対し、2作目の15年後に制作されたもので、マイケル・コルリオーネの20年後くらいが舞台となっている。アル・パチーノも1,2作目の凄まじいオーラを発した演技ではなく、過去に対する後悔と懺悔の気持ちを中心とする弱さを表現した感じとなっているが、1-3作目通して一気に見て、改めてその壮大な世界観にドップリ漬かった。このシリーズの凄いのはやはり圧倒的なスケールと世界観。そしてそれを見事に演技・表現している豪華キャストだろう。

ちなみに、3作目ではバチカンとイタリア政界とマフィアの癒着がテーマとして描かれているが、この中でヨハネ・パウロ1世が実名で出てきており、映画の中ではローマ法王に就任後、すぐに暗殺されてしまう。
ウィキペディアで後で調べたら、確かにヨハネ・パウロ1世は、就任後わずか33日で謎の死を遂げており、暗殺説も有力のようだ(真偽は未だ不明)。
しかし、この後、ウィキペディアで色々な関連項目を読み漁ることになり、ウィキペディアの充実ぶりと凄さを改めて実感した。いや、ウィキペディア便利だね(それがオチ?)。

ウィキペディアより
ゴッドファーザー Part I
ゴッドファーザー Part II
ゴッドファーザー Part III
マーロン・ブランド
アル・パチーノ
ヨハネ・パウロ1世
ロベルト・カルヴィ


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